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モノしろ の 「し」

モノしろ の 「し」

三人うち、一人のわたし。

私は、人形が好きだった。

好きだったというのは少し語弊があるかもしれない。私には人形しか友達がいなかっただけ。好きになる対象が他に無いのだから。

お父さん、を除いては、他に。

私の周りにはいつも人形があった。お父さんは週に二回くらい私の友達を連れてきてくれた。
私は友達と一緒に過ごした。
今でこそ週に二回、や「人形」という概念が分かるけど、あのときの私にはそんなものわからなかった。
ただ、生きていた。でも、つまらなくなかった。あれが私の世界だったから。
みんなだって、私と同じように育てられたら、何も疑わないでその世界に身を委ねると思う。
嬉しいことだってもちろんある。それはお父さんに会うこと。
お父さんの笑顔は優しかった。
私はお父さんに抱っこされるのが一番の楽しみだった。というか、それ以外に私の世界での「アクション」が無かった。
なんにも知らない。言葉も分からない。夜と昼さえ知らない。食べ物は知ってる。だって食べるから。
でも、他には知らない。何も考えない。何も考えない。
人形の、顔・・・足、手・・・、目。私の手・・・、顔・・・足・・・、目・・・。私も、この人形と同じような顔をしているのだろうか?

お父さんはいつも同じ服装だった。今ならなんという服装だか知っている。スーツ姿だ。
お父さんはとてもお金持ちだったらしい。だってあんなに素敵な私の部屋を用意してくれていたのだもの。トイレだって、あったし。
私がお父さんに癒しを求めるのと同時に、お父さんは私に癒しを求めていたのだと思う。
でも、それは本当はいけないことだった。
だから隠していた。

あるとき、音が聞こえた。

私が口から発するのと似ている音だった。お父さんの音じゃない。

片側からしか開かない扉の向こうから聞こえる音は、今までお父さんの音だけだったから、ちょっとびっくりした。

「何、この部屋・・・・。」

たぶん、そう言ってたんじゃないかと思う。あのときの私は、人間のことばなんてわからなかったから。

扉が開いた。女の人が入ってきた。

「あ、あ、あ、あなた誰よ・・・!」

私とお父さん以外にこういうものがいたんだ。私は何か声をかけてみようと思った。

「あーーーーー。あーーーー。」

その女の人は恐ろしい顔をして、扉の向こうに行ってしまった。

あの時はとてもびっくりした。でも、絶対あの女の人の方がびっくりしていたんだと思う。

それからしばらくして、お父さんがやってきた。
そして、私を抱いて、泣いた。

「もう、エリカ・・・。君には、会えなくなるかもしれない。」

私はなんのことだかよくわからなかったけど、お父さんのしゃべる言葉は少し分かっていたので、雰囲気だけは理解した。

私ははもうすぐ、別の世界へ行くのだ。

お父さんは私を連れて、扉の外へ出た。あれ?扉の外へ出たらいけないんじゃなかったっけ。
そのように思った。

いろんなものを見た。とても広い部屋だ。扉がいくつもある。あの扉の向こうにも、私の友達ががたくさんいる部屋があるのだろうか?

きょろきょろしていると、お父さんがとても大きな扉を開けた。

真っ暗だった。目をつぶったときと同じ感じ。でも、いろんなものがあった。そして上の方には、光る小さな電気が何個もあった。一個、一個、一個・・・・
そういえばあの時はひとつずつしかモノを数えられなかった。


お父さんは私において悪いことをしていた。
一人の少女を、誰からも隔離された部屋でずっと育て続けることが正しいことであるはずが無い。
一般的にいう、監禁である。全く、狂気の沙汰。
彼は、私を、自分だけの愛玩ペットにしていたのだった。
私は・・・・本当は誰の娘なんだろう。


車に乗せられた。新しいものばかりで私はわくわくがとまらなかった。色々な景色を見た。

連れられるがままに、私は別の家の中へと入った。

そこは、お父さんのお友達の家だった。私は、そこに預けられて、お父さんだけ帰ってしまった。
しくしく泣く私を、そのお父さんのお友達は慰めてくれた。

「大丈夫、ちょっとの間だけだから。お父さんはきっと帰ってくるからね。」

やさしく言ってくれていたけど、私には何のことだかわからなかった。

その時から、私の世界は変わった。

「君、まだ言葉もしゃべれないの!?あーぁー・・・・。あいつの趣味も恐ろしいな。しょうがない、俺が教えてやるか。」

その人のおかげで、私は言葉を覚えることが出来た。お父さんは、「お父さん」というらしい。その人は、「リュウヤ」というらしい。

今までの退屈な生活と違って、リュウヤと遊ぶことができて、お父さんが来なくてさびしいながらも、楽しい日々を過ごした。

「ごめんな。テレビとか見たいだろうけど、あいつには外へ出すなとか余計なことを教えるなとか言われてるんだ。だから、もしお父さんがまた来たとしても、絶対に言葉をしゃべっちゃだめだからな。」

「うん。わかった。てれびって何?」

「余計なことだから教えない。」

リュウヤは、お父さんと違って、いつも私をかわいがってくれるわけじゃなかったけど、それでも私のことがどうやら好きみたいだった。

私は何もすることが無かった。無かったから、リュウヤの部屋にあった本を眺めていた。
文字が読めなかった私は、文字列、それを「絵」として暗記してしまった。
まず最初に読んでいたのが、国語辞典。丸々暗記した記憶がある。

リュウヤが帰ってきたときは、彼はよく怒っていた。

「クソ!なんだよあの女!大したことしてねーのにあんなに拒否しやがって・・・・。あんなに金やってやったのに!殺されてェのか・・・。明日丸一日つきまとっやる・・・。」
「リュウヤ、どうしたの。怒ってるの。」
「うるせぇよ、お前。俺はむしゃくしゃしてんだよ。」
「うん?静かにしてる。むしゃくしゃって??」
「・・・ッこういうことだよ!」

初めて殴られたのがそのとき、あまりの衝撃に驚いた。そして痛かった。間もなく泣いた。

「あああああああああ五月蝿ぇえええええええ!!!ああ、殴るんじゃなかった、やめときゃよかった。はやく則之帰って来いよ!!娘が泣いてんよ!何で俺が世話しなきゃなんねぇんだよ!!手紙は返ってこねぇし!!クソ・・・。」

則之とは、お父さんの名前だった。お父さんはなかなか帰ってこなかった。
リュウヤがすごい怖い顔するので、私はおびえた。また殴られたら嫌だった。

でも、怒りがおさまってから、リュウヤは私に謝ってくれた。
「ごめん・・・。さっきは。ちょっと俺どうかしてた。殴っちゃってごめんな。」
リュウヤは悪くないのだと思った。リュウヤを怒らせる外の世界が悪いのだと思った。


続くんだぜ?おもしろくないんだぜ?




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